優衣はいつも後ろを向いて泣いてた。
和真に気づかれないように
そして誰にも弱さを見せないように
いつもいつも涙を隠してた。
和真はそんな優衣の弱さを知っていた
いや、同じだから伝わっただけなのか
和真は優衣をずっと見てた。
もどかしさにイライラしながら見てた
きっと抱きしめてやることも出来た
でも和真はそれを出来なかった。
優衣の痛みの深さを分かってたから。
「昨日どこに居たんだよ」
和真はリビングでパンをかじりながら
朝帰りを決め込んだ優衣に聞いた。
優衣は冷蔵庫からお茶を取り出すと
コップに移さずにそのまま飲んだ。
口元をスウェットの袖でこすりながら
「どこでもいいでしょ」と答えた。
「良くねぇし。それからコップにうつし…」
和真の言葉を全部聞く前に優衣は居なくなった。
相変わらず人の話を最後まで聞かない態度に
少し和真はあきれ顔を浮かべた。
シャワー室で音がする。
和真はテレビを見ながら優衣を待った。
しばらくしてバスタオルを肩にかけ
髪の毛を無造作に拭きながら優衣がリビングに戻った。
少し赤みががったブラウンの髪が
濡れて落ち着いた茶色に見えた。
「お前さぁいつまでもそんな事してんなよ」
「おい、聞こえてんの?」
あくまでも和真の声は優衣に聞こえないらしい
聞く耳を持たないというよりも
聞いているのが優衣は少し辛かったのだ。
和真のいう「そんな事」というのが優衣には分かってた。
そしてそれを和真が嫌がっているのも分かっていた。
だからこそ優衣はいつも聞こえないふりをした。
「駅前のスーパー今日は卵が安いんだって」
今まで無視を決め込んでいた優衣が和真に口を開く。
それも当たり障りない内容の言葉だった。
まるで今までの過程がなかったかのように。
でも和真は今日こそははぐらかさないようにと
昨日の夜から心に決めていたのだ。
「そんな話どうだっていい。優衣、座れよ」
「何?」
あからさまに不機嫌な声を出して優衣は座る。
だけど目を合わせない優衣の行動が
本当の優衣を映し出しているのを和真は知ってる。
だからこそ和真は優衣を放っておけないのだ。
「何じゃない。昨日どこにいたの?」
「いつもの所」
「やっぱりな…」
和真は大きなため息をついた。
優衣が昨日ここへ帰らず何処にいたのか
それを自分で聞いておきながらも
答えが優衣から返ってくると落胆した。
「なぁ何でアイツの所になんか行くの?」
「んー。特に意味はない」
''意味はない''そう優衣は言った。
その言葉を聞いて和真が少しいらっとした。
意味がないわけはない。
優衣がそこへ行ってしまう理由を
和真は本当は分かっているから。
だけどそれを優衣に問いかけることで
優衣自身に気づいてもらいたいと思っていた。
「好きでもない奴とベッドで夜を過ごして楽しい?」
「別に。」
優衣はずっと顔をあげないまま答えた。
少し欠けた小指の爪を弄っていた。
和真は優衣のその行動が何を意味するのかを知っていた。
「優衣。」
「・・・・。」
「優衣。」
「・・・・・・・・。」
和真は根気よく名前を呼び続けた。
今の言葉は優衣の心にしっかりと届いていると
和真は確信していたから。
だから和真は優衣の名前を呼び続けた。
「優衣?」
「ほっといて?」
優衣はまた顔をあげないまま答えた。
和真は優衣の目をじっと見た。
優衣の眼の中にいる本当の気持ちを
必死で読み取ろうと和真はしていた。
「ほっとかないよ」
「ほっといて欲しいの!」
「ほっとけない」
何度かそのやり取りを繰り返しているうちに
優衣の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
その涙のわけは優衣にしか分からない。
「もう週末の夜は出かけるなよ」
「わかんない」
「出かけるな。わかった?」
「何で和ちゃんにそんな事言われなきゃいけないの」
優衣は和真の方をようやく見た。
和真は目をそらさない。
優衣はすぐに目を逸らした。
和真は椅子から立ち上がると優衣の傍に行った。
「何でそんな事いうか教えてやろうか」
「???」
和真は優衣を立たせると自分の膝へうつ伏せた。
少しダボダボのスウェットの裾で優衣の足は床を滑る。
お腹が苦しいから足に力を入れようとした優衣は
思うように踏ん張れない姿勢で少し焦りを見せた。
「ちょ…何???」
「俺がどんな気持ちだか教えてやるから」
そういうと和真は大きく手を振り上げた。
そして優衣のお尻に平手を振り下ろした。
―ぱんっ―
鈍い音がして同時に優衣は声をあげた。
「いっ…」
―ぱんっ―
「何すんのっ。やめてっ!」
―ぱんっ― ―ぱんっ― ―ぱんっ―
「俺の辞めろを聞かないんだから優衣のやめても聞かない」
「そ、そんなのありえないっ!」
「あり得ないかどうかは俺が決める」
―ぱんっ― ―ぱんっ―
優衣はずっと続く平手に様々なことを考えた。
なんで和真がこんな事をするのか必死で考えた。
でもよく分からなかった。
「ねぇ…」
―ぱんっ―
「なに?」
「痛い…」
―ぱんっ― ―ぱんっ―
「痛いだろうね」
「どうして?」
―ぱんっ― ―ぱんっ― ―ぱんっ―
「どうしてだって???」
「わかんないんだもん・・・。」
その言葉を聞いた瞬間に和真はスウェットと下着を下ろした。
一瞬のことで優衣はそれを把握するまでタイムラグがあった。
「いやっ!やめてよっ!」
「何故?アイツにはいつも見せてるから余裕だろ」
「違うっ…余裕じゃないっ」
―ぱちんっ―
「やだぁ…」
鈍い音から乾いた音に変わった。
そして優衣の声も泣き声に変わった。
優衣は耳まで真っ赤にして嫌がった。
優衣は和真が大好きだったから
大好きな和真に見られるのは恥ずかしかったのだ。
それでも和真は黙ったままたたき続ける。
優衣に分かってほしくて手を止めない。
「嫌…いなら…出てい…くからっ…っ」
泣きながら優衣が和真に言った。
それを聞いた和真はゆっくりと手を止めた
「本気で言ってるの?」
「だ…って…嫌いだ…らこういう事…」
「おバカだね」
凄く勘違いをしている優衣に呆れながら
和真は膝から優衣を下ろして顔を見た。
優衣はいつものようにすぐ後ろを向いた。
「ほら、そうして後ろむく。こっち見て」
「いやだ…」
「やれやれだな」
和真は優衣のうしろ姿を見てしばらく黙った。
いつもこのうしろ姿を見てきた。
静かに泣く優衣の姿を見てきた。
それでも和真はいつも何もできなかった。
そして今日も目の前で優衣が泣いている。
さっきまで自分が叩いていたから
自分のしたことで優衣が泣いている。
和真は少し複雑な気持ちになっていた。
このままいつものように見ていようか・・・・
「…いに…ならな…いで」
「ん?なに??」
「きらいに……いで」
和真は優衣の言葉を聞きなおして決心した。
今までできなかった事をしようと思った。
和真はそっと優衣を後ろから抱き締めた。
一瞬ふりほどこうとした優衣に和真は言った。
「心配してる。だからもう色んな男と寝て自分傷つけるな」
「ちゃんと後ろからいつも見てるから」
「優衣のことこうして後ろから抱き締めるから」
「そしたら恥ずかしくないだろ?」
優衣の体が小刻みに震えていた。
「声出して泣いていいんだよ?」
「っ…ぇ…うわぁーん!」
まるでマンガに出てくる効果音みたいに
優衣は声をあげて泣いた。
あまりの声の大きさに近所も迷惑かなっと
少し和真は気になって笑った。
急に優衣が体の向きを変えた。
和真に向き合い和真の胸に顔をうずめた。
しっかりと和真をつかみながら優衣は泣く。
そんな無言のメッセージを和真は受けとり
そして優衣に優しく伝えた。
「うん。わかってる。怒ってないから」
無言でうなづく優衣。
優衣は和真の本当の気持ちに気付いていない。
優衣の無言のメッセージを受け取って
自分がちゃんと言葉にして優衣へと
伝えてあげたらいいのかもしれない。
言葉にすることは誰でも難しい。
優衣は少しそれが下手くそで
不器用なだけなんだろうと思った。
優衣。優衣は俺の気持ちなんて知らない。
どれだけ優衣の事が大切なのか
大切過ぎて手を出せない自分が
時として男として情けなくなるくらいに。
優衣が思っているよりもずっとずっと
俺は優衣を大切に想っているよ。
だけど今すぐには無理かもしれない。
優衣をすべて守ってやるなんてこと。
だから少しずつ優衣を守っていくから
もう少し待ってて欲しいなって思う。
和真はそんなことを考えながら
優衣をもう一度強く抱き締めた。
優衣は「苦しいよ」って言った
―和真からのSilent Message―
…:愛してるよ
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